移住してみて気が付いた本土にあって沖縄にないもの

沖縄に移住してみると習慣や文化の違いで本土との違いを感じることがたくさんあります。ただその時間が長くなるといつの間にか忘れてしまっている当たり前の風景。久々の里帰りでは改めてその違いに気が付きます。

風情のある銭湯の風景が沖縄にはない

銭湯

本土にいると古い街並みの中や住宅街の中に必ずあるのが銭湯。私は転勤族だった父の影響で何度も引っ越しを経験したのですが、どの街に行ってもどこかにこんな懐かしい銭湯がありました。今は本土でもこんな懐かしい銭湯よりもスーパー銭湯の方が圧倒的に人気はありますが、昔ながらの銭湯もまだまだたくさんあります。

昔ながらの銭湯のオープン時間は、大抵午後3時過ぎ。一番風呂を楽しみにしている昔なじみの常連客が自転車に乗ってやってきます。

入り口を入ると両サイドに男女それぞれの下駄箱があり、それぞれの入り口を入ると中央に番台があってそこでちょっとした世間話をするのが銭湯の楽しみの一つです。浴槽につかる前に一日の汗を流し、さっぱりとしたところで湯船にはいります。そして湯につかりながら壁一面に書かれた富士山の絵を長めゆっくりと体の疲れをとるのです。

銭湯のお風呂の種類はたいてい2種類しかなく、温度が分かれているだけのものもあればジャグジーと普通のお風呂だけの場合もあります。でもそんな素朴なお風呂が一番の贅沢。家のお風呂では味わえない解放感と、男女の浴槽を隔てる壁越しに「そろそろあがるよ!」なんて声を掛け合う親子の声も銭湯だからこその風景です。

もちろん少し前までは沖縄にも数は少ないながらもこんな銭湯がいくつかありました。でもいつの間にか一つまたひとつと姿を消してしまい、今では目にする事がありません。

銭湯はただお風呂を楽しむだけでなく、そこで出会う人とのコミュニケーションが楽しみでもあります。いつもの時間にいつものように出かけると、いつも一緒になる人がいて何気ない世間話をしながら風呂上がりのひと時を扇風機の前で過ごす。たったこれだけのことなのですが、それを楽しみに銭湯に通う人も多いのです。

平凡な暮らしの中で無理をせずにご近所さんづきあいができる一つのキーワードに銭湯があるのですが、それが沖縄にはないことがなんとも寂しい…。だからこそ私は、久しぶりに本土に里帰りをすると無性にその風景に会いに行きたくなるのかもしれません。

木札の下駄箱は沖縄では居酒屋でしか見かけない

木札の下駄箱

昔ながらの銭湯の下駄箱といえば、木札の下駄箱。札のない場所は使っている場所を表していて、木札が刺さっている場所に靴をしまって扉を閉めたら木札を上に引き上げればカギが閉まるというシンプルなものです。本土の銭湯に行けばこのタイプの下駄箱は今も現役というところが多いのですが、銭湯そのものがない沖縄ではその存在を居酒屋で知るという人の方が多い気がします。

那覇市内にあるレトロな昭和の雰囲気の居酒屋に行くと、懐かしいこのタイプの下駄箱が置かれていることがあります。私は最初にその下駄箱を見た瞬間「わぁ、懐かしい」と一人でテンションが上がったものですが、「木札の下駄箱=銭湯」というイメージがない地元の友人は私のそのリアクションに意味深な表情…。

でも沖縄は昔から銭湯そのものがあまりなく、銭湯に行った経験がある人も今では年齢や地域が限られてしまいました。だから沖縄でズラリと並んだ木札の下駄箱を見て懐かしそうにしている若い人を見かけたら、その人は本土出身の移住者である可能性が高いですね。

本土になくて沖縄にあるものもある

自然

久しぶりに本土の実家に里帰りをしたとき、本土の友人に「どうしてさっきから空ばっかり見ているの?」と聞かれました。実はその一言を聞くまで、自分が無意識に空を見上げていることに気がついていませんでした。

これは沖縄にいるからこそ身についてしまったクセのようです。沖縄に移住してきたばかりのころは、空の青い色があまりにも強烈で空がものすごく近く感じてあまり好きではありませんでした。なんとなく圧迫感があるような気がしたのです。それでも毎日違った表情をする沖縄の空を見ているといつの間にかに自然と目が空に向くようになっていきました。

ところが本土に行くと空が遠くに感じるのです。どんなに夏の空を見ても沖縄のような濃いブルーをしていません。さらに工場地帯に行くと晴れていても空の色はどんよりと薄黒く、空を眺める気になりません。

その代り人工物が作り出す夜景は本土の方が美しい。人気があるのも夜景やイルミネーションの方です。でも夜景は見上げるものではなく、遠くから見るものです。しかも変化がない人工的な風景ですから、毎日見ていると飽きてしまいます。

自然の空は毎日どころが、時間とともに少しずつ表情を変えていきます。だからこそ人の心を惹きつけるのかもしれません。

そしてかく言う私自身も、沖縄に移住をすることによって「空を見上げる癖」が身についてしまった一人なのです。

本土にあって沖縄にないもの、沖縄にあって本土にないものは

本土にあって沖縄にないものはまだまだたくさんあります。でも沖縄にあって本土にないものもたくさんあります。

沖縄で過ごす時間は沖縄と本土の違いを知るだけでなく、身近にありすぎて忘れてしまいがちなありふれた日常の中にある幸せに気がつくチャンスなのかもしれません。