県出身プロサッカー選手を生んだ沖縄の県立高校

野球に隠れがちですが、実はサッカーも人気がある沖縄。でも、サッカーはチーム戦であり、プロを目指すなら高校時代の活躍も必要。そこで、実際にプロになった選手の出身校に注目してみましょう。

サッカー

沖縄県立宜野湾高校

宜野湾高校のスポーツ系部活動の中でも、かなり力があるのがサッカー部。全国高校選手権と全国高校総体では、過去2回沖縄代表校として出場しています。元日本代表である我如古和樹選手らが在学中は、県内屈指の強豪校だった宜野湾高校ですが、1998年以降は、沖縄県大会を勝ち抜くことが出来ず、苦しい時代が続きました。

古豪・宜野湾高校復活のニュースが飛び込んできたのは、2017年。第96回全国高校選手権兼予選で、強豪校である浦添高校を2-0で破り、19年ぶり3度目の優勝を果たしました。そんな宜野湾高校の出身者には、こんなプロサッカー選手がいます。

我那覇和樹

那覇市出身の我那覇選手は、小学校の頃は、地元のジュニアクラブである宇栄原FCに所属していました。小禄中学卒業後、県立宜野湾高校に入学し、その後川崎フロンターレに入団しました。2011年から2013年までは、地元のFC琉球に移籍しますが、2014年から現在に至るまでは、カマタマーレ讃岐でプレイしています。

沖縄県立石川高校

1945年「石川学園」として開校した県立石川高校。本土復帰後初の県勢優勝となった野球部の方が注目されがちな石川高校ですが、サッカー部を含め、様々なスポーツで実績がある高校でもあります。そんな石川高校の出身者には、こんなプロサッカー選手がいます。

石川研

1970年生まれの石川選手は、沖縄出身初のJリーガーでもあります。石川高校卒業後、沖縄国際大学入学。大学卒業の翌年である1992年に名古屋グランパスエイトに加入し、その後はブランメル仙台・水戸ホーリーホック、ジェフユナイテッド市原(現在のジェフユナイテッド市原・千葉)でGKとして活躍しました。

現役引退後は、GKコーチや立正大学サッカー部監督などを歴任。退任後には、県内にあるKBC学園未来校高校のサッカー部監督に就任しています。

沖縄県立那覇西高校

ここ数年、県内のサッカー強豪校として名前が上がり続けているのが、那覇西高校です。県内にある県立高校の中では比較的新しい高校なのですが、公立高校として初めて体育科を設置しているユニークな高校でもあります。そのため、サッカーだけでなく、スポーツ競技全般で実績が高いです。そんな那覇西高校の出身者には、こんなプロサッカー選手がいます。

安里光司

1987年生まれでうるま市出身の安里選手は、具志川東中学校を卒業後、那覇西高校に入学しました。ジェフユナイテッド市原・千葉に加入した後、2008年に地元のFC琉球に移籍。現在のポジションはDFで、背番号は2番となっています。

仲里航

1984年生まれで宜野湾市出身の仲里選手は、那覇西高校卒業後、ヴィッセル神戸に加入。2005年に地元FC琉球に移籍後、2007年シリーズで現役を引退しています。

喜名哲裕

1976年生まれで那覇市出身の選手です。3年生の時に参加した全国高校選手権では、中盤から50mをドリブルで一気に独走し、そのままゴールを決め、大会の優秀選手に選出されました。高校卒業後は、名古屋グランパスエイトに加入。フィールドプレーヤーとしては県内初のJリーガーとなりました。

比嘉雄作

1987年生まれの現役プロサッカー選手です。浦添市出身の比嘉選手は、那覇西高校卒業後、地元のFC琉球に加入。2010年以降は、福島ユナイテッドFC、工業クラブ、海邦銀行SC、ブラウブリッツ秋田に移籍し、活躍しました。現在は、古巣であるFC琉球に移籍し、背番号11番として活躍しています。

県立北中城高校

多くのプロバスケットボール選手の出身校である北中城高校。2002年からは特進クラスが設置され、文武両道を目指す学生が多いのが特徴の高校です。そんな北中城高校の出身者には、こんなプロサッカー選手がいます。

内間安路

1984年生まれで沖縄市出身の内間選手は、高校卒業後、井矢崎産業経営大学に進学しています。2006年に、大分トリニータの特別指定選手に選ばれた後、2007年にサガン鳥栖に加入します。その後、ガイナーレ鳥取やSC鳥取ドリームスで活躍した後、2013年1月に一度現役を引退します。翌年の2014年に、アマチュア選手として鳥取ドリームスで現役復帰を果たしました。現在は、鳥取ドリームスのスタッフになっています。

沖縄県立宮古高校

1928年に開校した宮古高校は、県内の公立高校の中でも歴史の古い学校です。多くのプロアスリートの出身校である宮古高校からは、こんなプロサッカー選手がいます。

上里一将

1986年生まれの平良市(現在の宮古島市)出身の上里選手は、小学1年生の頃に友人から誘われたことがきっかけでサッカーを始めたといいます。中学卒業後は、かつて全国高等学校サッカー選手権大会に出場した経験を持つ宮古高校に入学。残念ながら在学中に宮古高校が出場することはできず、無名の存在だったのですが、攻撃的なプレイと抜群のボールコントロールに定評があった仲里選手は、コンサドーレ札幌の誘いを受け、プロ入りします。

2016年まで所属していたコンサドーレ札幌から、2011年にFC東京へ移籍。その後いくつかのクラブに移籍した後、2017年からロアッソ熊本へ移籍。チームの中心選手として、今も活躍しています。

上里琢文

1990年生まれの平良市(現在の宮古島市)出身の上里選手。宮古高校を卒業後、2009年から京都サンガFCに加入しています。2011年から数年は、地元のFC琉球に所属しますが、海外移籍を目指していたこともあり、2014年にオーストリア3部リーグのSVアラーハイリゲンと契約。2016年からは、JPボルテスFCに移籍し、現在も活躍しています。