沖縄県出身のプロ野球選手の出身校から高校野球の歴史を見る

多くのプロ野球選手が誕生している沖縄県。県出身のプロ野球選手たちの出身高校を調べてみると、沖縄の高校野球と県出身プロ野球選手たちの歴史が見えてきます。

プロ野球

沖縄水産高校出身のプロ野球選手たち

沖縄水産高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

石嶺和彦

1964年生まれの外野手・捕手です。高校時代は、裁監督の下で指導を受け、3年生の夏には甲子園でホームランを放つまでに成長し、スカウト人から注目される存在となりました。1978年のドラフトで阪急ブレーブスから2位指名を受け入団。この時の契約金及び年俸は、高校卒業選手の中で最高金額となりました。その後、阪神タイガースへの移籍を経た後、1996年に現役を引退しました。

上原晃

1969年生まれの投手です。高校時代には、甲子園に4回出場しました。高校生ながらも完成度の高いスピードボールが武器だった上原さんは、当時「沖縄の星」として注目されました。1987年のドラフトで中日ドラゴンズから3位指名を受け入団。広島東洋カープやヤクルトスワローズに移籍した後、1998年に現役を引退しました。

平良幸一

1970年生まれの投手です。第70回全国高等学校野球選手権大会でベスト4進出を決めた時に、エースを任されていました。高校卒業後は沖縄電力に入社し、社会人野球を経験。1997年のドラフトで西武ライオンズから7位指名を受け入団しましたが、2000年に現役を引退しました。

伊礼忠彦

1970年生まれの外野手です。高校時代には、2度の甲子園出場を経験しました。高校卒業後は九州共立大学に進学し、在学中に、日米大学野球選手権大会に日本代表として出場しています。1992年のドラフトで中日ドラゴンズから5位指名を受け入団しましたが、1994年に現役を引退しました。

大野倫

1973年生まれの外野手です。夏の甲子園で、県勢初の準優勝となった時のメンバーです。1995年のドラフトで読売ジャイアンツから5位指名を受け入団しましたが、2001年に現役を引退しました。

新垣渚

1980年生まれの投手です。稲嶺誉さんとは、同期のチームメイトです。幼稚園の頃はサッカーをしていましたが、小学2年生の時に兄の影響で野球を始めました。高校卒業の年のドラフト会議で2チームから指名を受け、オリックス・ブルーウェーブが交渉権を得ましたが、本人の希望に合わず、入団を拒否し大学へ進学。その後、2002年のドラフトで念願だった福岡ダイエーホークスから自主獲得指名を受け入団しましたが、2016年に現役を引退しました。

稲嶺誉

1980年生まれの投手です。新垣渚さんとは、同期のチームメイトです。高校3年生の時に、春・夏連続で甲子園に出場した経験があります。高校卒業後は東京農業大学生物産業学部に進学し、大学生野球の経験を経て、2002年のドラフトで福岡ダイエーホークスから8巡目指名を受け入団しましたが、2007年に現役を引退しました。

大城祐二

1985年生まれの二塁手、遊撃手、外野手です。高校卒業後はTDN千曲川に所属し社会人野球を体験。ここで都市対抗野球や社会人野球日本選手権大会などに出場しました。2006年のドラフトで阪神タイガースから指名を受け入団。その後、福岡ソフトバンクホークスの育成選手や福井ミラクルエレファンツへの移籍を経験した後、2012年に現役を引退しました。

興南高校出身のプロ野球選手たち

興南高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

与座朝勝

1960年生まれの投手・内野手です。興南高校で初めてプロ入りしたのが、与座さんでした。1978年のドラフトで横浜大洋ホエールズから2位指名を受け入団。1982年に野手へ転向した後、1985年に現役を引退しました。

金城博和

1962年生まれの内野手です。高校3年生の時に夏の甲子園に出場しました。この大会で「右の強打者」として強烈なインパクトを残した金城さんは、1980年のドラフトで日本ハムファイターズから2位指名を受け入団しましたが、1986年に現役を引退しました。

仲田秀司

1966年生まれの捕手です。高校時代は、チームメイトの仲田幸司さんとバッテリーを組み、甲子園に3回出場しました。1983年のドラフトで埼玉西武ライオンズから5位指名を受け入団。1995年に現役を引退しました。

デニー友利

1967年生まれの投手です。高校時代には、現在プロ野球の審判員として活躍している名幸一明さんとバッテリーを組んでいました。1986年のドラフトで横浜大洋ホエールズから1位指名を受け入団。西武ライオンズやレッドソックス、中日ドラゴンズに移籍し、2007年に現役を引退しました。

上原厚治郎

1983年生まれの投手、捕手、外野手です。高校時代から140km/hを超える速球と高校通算10本の本塁打を記録した上に、野手としての評価も高かった上原さんでしたが、高校卒業の年には、どのチームからも指名がなく、社会人野球の世界に入ります。その後、2004年のドラフトでヤクルトスワローズから5巡目指名を受け入団。埼玉西武ライオンズへの移籍を経験した後、2010年に現役を引退しました。

豊見城高校出身のプロ野球選手たち

豊見城高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

赤嶺賢勇

1958年生まれの投手です。高校時代には、「ナックルの賢」と呼ばれていました。1976年のドラフトで読売ジャイアンツから2位指名を受け入団。1983年に現役を引退しました。

石嶺和彦

1964年生まれの外野手・捕手です。小学生の頃から捕手として起用されていましたが、本人は投手に憧れていたようです。1978年のドラフト阪急ブレーブスから2位指名を受け入団。1994年に阪神タイガースに移籍した後、1996年に現役を引退しました。

沖縄尚学高校(旧・沖縄高校)のプロ野球選手たち

沖縄尚学高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

安仁屋宗八

1944年生まれの投手です。沖縄県として実力での甲子園初出場を決めたチームのメンバーでした。1964年のドラフトで広島カープに入団。安仁屋さんが県出身のプロ野球選手は初めてとなったため、プロ入り確定の一報が入った直後は、県内に安仁屋旋風が起こりました。「巨人キラー」として数多くの試合に登板した安仁屋さんは、1981年に現役を引退しました。

真喜志康永

1960年生まれの内野手です。高校卒業後、東芝に入社し社会人野球を経験した真喜志さんは、1986年のドラフトで近鉄バッファローズから3位指名を受け入団。1994年に現役を引退しました。

比嘉寿光

1981年生まれの内野手です。3年生の時に出場した甲子園で、春・夏通して県勢初勝利を経験しました。大学進学後の2003年ドラフトで、広島東洋カープから3巡目に指名を受け入団。2009年に現役を引退しました。

西村弥

1983年生まれの内野手です。高校時代は、残念ながら甲子園出場は果たせませんでしたが、東京情報大学に進学後、千葉県大学野球リーグで優勝を経験しています。2006年のドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスから5巡目指名を受け入団。2015年に現役を引退しました。

中部商業高校出身のプロ野球選手たち

中部商業高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

糸数敬作

1984年生まれの投手です。高校卒業後に亜細亜大学に進学し、東都大学1部リーグで通算成績8勝6敗、防御率2.33、奪三振は合計94の好記録をマークし、一躍注目選手となりました。2006年のドラフトで北海道日本ハムファイターズから3巡目指名を受け入団。2013年に現役を引退しました。

金城宰之左

1986年生まれの投手です。高校時代は、2年生でエースを任されていました。2004年のドラフトで広島東洋カープから7巡目で指名を受け入団しました。

浦添商業高校出身のプロ野球選手たち

浦添商業高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

有銘兼久

1978年生まれの投手です。高校卒業後は社会人野球を経験し、2001年のドラフトで大阪近鉄バッファローズから指名を受け入団。東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍後、2012年に現役を引退しました。

宜野湾高校出身のプロ野球選手たち

宜野湾高校出身のプロ野球選手には、こんな選手がいます。

親富祖弘也

1972年生まれの捕手です。高校時代は無名の選手でしたが、高校卒業後は東京農業大学生物産業学部に進学し、大学生野球の経験を経て、1990年のドラフト西武ライオンズから4位指名を受け入団。1996年に24歳の若さで現役を引退しました。