戦後72年、国際通り近くで不発弾処理!

沖縄の新聞を読んでいると、不発弾処理のお知らせをよく目にして驚かされます。沖縄戦で激しい戦闘が行われたので、沖縄では不発弾が今でもたくさん見つかります。今日は不発弾のことを学んでみましょう。

不発弾とはなんでしょうか?

不発弾とは戦争などで使用した大砲などの弾が爆発せずに残っている状態のものです。不発弾には、飛行機から落とす爆弾や手で投げる手りゅう弾など様々な種類があります。不発弾はなんらかの原因で爆発しなかったもので、その殺傷能力や爆発力はそのままなので大変危険です。

不発弾の種類

沖縄で発見される主な不発弾は以下の6種類です。

  • 爆弾
  • 砲弾
  • ロケット弾
  • 手榴弾
  • 迫撃砲弾
  • 地雷

不発弾処理に伴う避難半径

不発弾の大きさや種類によって避難の範囲も変わってきます。下は、弾種とそれに対応する避難半径をあらわしています。

弾種 避難半径
5インチ艦砲弾 156メートル程度
50キロ爆弾 166メートル程度
125キロ爆弾 249メートル程度
250キロ爆弾 283メートル程度
500キロ爆弾 394メートル程度
1,000キロ爆弾 1,000メートル程度
地雷 300メートル程度

不発弾処理の現状

不発弾は建築などの工事をしている最中に発見されることが多く、不意に爆発して亡くなったりケガをされた方もたくさんいます。今なお危険なのです。

新聞によると、2016度に沖縄県への不発弾の届け出は651件もありました。内訳は那覇市114件、糸満市90件、石垣市85件、浦添市83件、南風原町(はえばるちょう)35件、西原町31件などだそうです。

石垣市で多く見つかった理由は旧日本軍が飛行場として使用していた旧石垣空港で県立病院を建設する前の調査で大量に見つかったことからです。本島南部に多いのはそれだけ激戦地であったことを物語っています。
沖縄戦によって不発弾は約一万トンあると見られていて、沖縄県では15年までに約7,888トンを処理し、未だ約2,012トンが埋まっていると推定されます。

これまでに全国で陸上自衛隊が処理した不発弾のうち、41.5%が沖縄県とされます。全ての不発弾を処理し終わるまでにあと何十年もかかる計算になります。

国際通りを通行止めにして不発弾処理

2017年9月23日に国際通りを通行止めにして、不発弾処理が行われました。国際通りを通行止めにするのは13年ぶりだそうです。

不発弾

これは松尾2丁目でホテル建設工事中に、アメリカ製50キロ爆弾、1発が見つかったためです。国際通りの海邦銀行があるところが松尾交差点です。

国際通り

国際通りのすぐそばで爆弾が見つかったことになります。こんな毎日何万人もの人が行きかう街中でみつかるなんて衝撃的です。50キロ爆弾なので、発見された地点から半径166メートルの区域は立ち入りが禁止となります。国際通り周辺には一週間くらい前からたくさんの立て看板がありました。

不発弾

お土産屋さんも飲食店など約350の事業所、約1,000世帯、約2,500人が避難の対象になります。地元の人も観光客も対象ですので、区域内のホテルでは宿泊客に案内したり、開店時間を変更するお店もありました。飲食店は仕込みの時間もあるでしょうから、とても大変だったと思います。

国際通りを牧志駅から県庁方向に歩いてみると、車は沖映通りで迂回するように案内されていました。

不発弾

徒歩の人はホテルJALCITYのところまでで通行止めです。外国人観光客にも案内できるよう、英語の地図を持った人がたくさん立っていました。

不発弾

対象区域外もいつもの国際通りという訳にはいかなかったようです。

国際通り

午前9:30から避難開始となり、11:00過ぎに不発弾処理が完了し、交通規制は解かれました。まだ戦争は終わっていないんだと考えさせられた一日でした。